こんばんは、安藤瑞恵です。

 

今日は過去記事

2013年3月の記事です

2012年にフラクタル心理学を学び始めて

そこから約1年後の長男のお話です。

 

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2013年3月

 

今月始め、長男が4年半飼っていた、弁慶蟹が死んでいるのを見つけました。

 

小6の夏休みに、私の父からもらいました。

 

当時長男は、不登校でした。

 

最初は3匹いましたが、長男が餌をやり忘れて共食いをし、2年ぐらい生き残っていた最後の1匹でした。

 

今日は、長男の少し長いお話です。

 

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長男は生まれたときから、どこか他の子どもと何か違っていました。

 

生後、半年間は昼夜問わず、1時間半置きの授乳。

 

寝つきが悪くなかなか寝ない、いつもぐずっていました。

 

昼寝の最中に、玄関のピンポンですぐ泣いて起きるし、

 

フライパンで調理しているジュ~の音でも驚いてすぐ泣いてしまう

 

「うちの子は、よく寝て手がかからないのよ~」そんな話をするお母様がうらやましかった。

 

歩くこと、言葉もゆっくりの成長でした。

 

周りの子たちとかかわり始めるかと思いきや、1箇所に留まらず常に動きまわり、私は後を追うため、

 

他のお母様たちと挨拶のみで、おしゃべりはできませんでした。

 

もちろん今もですが、どこまでも、マイペースな長男でした。

 

電車や線路、ブロック、独楽、アイロンビーズ、折り紙が大好きで個性豊かなクリエィターです。

 

幼稚園や小学校低学年ではなかなか気の合うお友達が見つからず、いじめられていたこともありました。

 

小3で、ようやく気の合う友達が見つかりましたが、お受験組の友達二人は5年から遊べなくなりました。

 

その間、次男は小2から1年半の不登校をしました。次男が復帰したのと入れ替わりに、

 

「弟ばかりずるい」と言って、長男は小5の3学期から1年間、不登校をしました。

 

小学校の担任はもちろん、校長先生から学校一丸となり、手厚いサポートをしていただきました。

 

市の教育センターに毎週3年間通いました。

 

その間に、アスペルガー症候群の診断を受けました。

 

診断を受けて、私の育て方に問題があったのではないと、どこかホッとしました。

 

フラクタル心理学に出会うまでは・・・

 

授業を受けるのに問題はないので、地元の中学と週1回の通級に通いました。

 

不登校のブランクから、中学に通い出した最初の期間、長男はかなり頑張りました。

 

中2で友達ができて、少しづつ楽しめるようになりました。

 

その一方私は、常にいろいろな問題が姿かたちを変えて抱えていたので、疲れていました。

 

あの母親に育てられたから、私の子育ては苦労をするのだと 母を恨んでいました。

 

恨み、責め、あの人のようにだけは絶対なるものかとエネルギーを費やし、疲れ切っていました。

 

矛盾しますが、そこから抜けたかった。 違う世界に進みたかった。

 

そこで、フラクタル心理学を学び始めました。

 

わかったことは、私が、思考してすべて創りだした人生でした。

 

母を恨んで認められなければ、当然自分自身も認められません。

 

私は自分の存在も許せず、自己否定感の塊でした。

 

私が主人や子どもたちにしてきたことは、マイナスの自分を認めるために

 

私以下の人間に下げて見ていました。

 

私がお世話を焼かないと生きていけない、問題のある家族を創りだし、

 

そのお世話をすることで、自分の存在価値を認めて!認めて!と家族に周りにアピールしていました。

 

アスペルガーの長男を創り出したのは、私でした。

 

子は親の鏡

 

こだわりが強く、自分の世界に閉じこもり、他者に心を開かず、好きなことしかやらないのは

 

長男に映し出された、私の姿でした。

 

「あなたを育てるのは、本当に苦労だった」 言ってはいけないとわかっても、長男に向かって言いました。

 

「だったら、産まなければよかったでしょ! どうして、自分を産んだんだ!」

 

長男が吐いた言葉は、私が母に向けていった暴言と全く一緒でした。

 

世界は、自分の中にあるものしか映し出しません。

 

自分が創り出した世界に愕然としました。

 

私がどんなに長男を責めて、下げても彼は私を慕ってくれています。

 

 

2012年、通級の先生との面談がありました。

 

「安藤君一体どうしたんですか? 職員室の先生方全員で、安藤君見違えるほどに成長したよね~

 

と話していたんです。いままでのこだわりや、トラブルメーカーとなっていたことが信じられません。

 

トラブル起こしている子たちの間に入ってなだめているんですよ!」

 

私が驚きました。

 

また、通常級担任の先生からも 「安藤、成長したよね。」とおっしゃっていただきました。

 

私が、何も長男のことをわかっていなかったと話すと

 

「そうだね。母だけ息子のこと何も見えていなかったんだよね。」と笑われました。

 

ブログに、我が子のことをアスペルガーと書いたことを知った時の長男の気持ちを考えると複雑でした。

 

それでも、今現在、大きく見違えるほどに成長した息子を誇りに思います。

 

主人もしみじみ喜んでいます。

 

我が子の成長が、親にとっての何よりの喜びです。

 

それを、一番書きたかったのです。

 

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蟹は横にしか進めず、前に向かって歩けません。

 

通級最後の日に、その蟹は死にました。

 

不登校をしていたころの長男の姿はどこにもありません。

 

長男が、私が、前に向かって歩き出しました。

 

まもなく、春がやってきます。

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